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Author:natsu
今すぐ映画を観たくなるような
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たまには辛口コメントしちゃうかも、
ですが、
それも映画を愛するがゆえ。
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『BIUTIFUL ビューティフル』(6/25 公開)
監督:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
脚本:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ、アルマンド・ボー、
    ニコラス・ヒアコボーネ

主演、ハビエル・バルデム。バルデム。ああバルデム。

妻と別れ、幼い娘と息子を育てるために、
どんな商売でも厭わず働く男・ウスバル(ハビエル・バルデム)。
舞台はバルセロナ。
イニャリトゥ監督が描くスペイン、
もちろん美しい風景なんてありゃしない。
大都市の片隅で、ゴミや塵と一緒に、まるで誰かに追いやられたように生きる人々。

面白いか、と問われたら
面白いストーリーのはずがない。
観て元気や勇気を貰える映画でもない。
でも、数日経っても何かのタイミングで思い出して、
ボディーブローのように効いてくる。
それが、バルデムの顔。
追い詰められて、それでも生きようともがく、ギリギリの男の顔。

薬物中毒で「だらしがない」を絵に描いたような元嫁との喧嘩、
子供たちとの貧しい毎日の生活、
自分のせいで起こった不法労働者たちの宿泊施設での大事故、
そして自身のガン宣告。
その辺で止めておいてやれ、と思うけれど
それでも畳み掛けるイニャリトゥ。
ウスバルは、更に
えっ、という生まれ持った「不幸」としか言えない能力を抱えている(視覚効果も含めて、の“えっ”だ)。

両親を亡くし、
薬物中毒の嫁は極めて頼りにならない中、
残される幼い子供たちのこれからのことを考えると
果てしのない不安にかられるウスバル。
全てが上手く行かず、裏目裏目に出て問題はいつでも山積みだが、
彼自身は情に厚い男だ。
自分を取り巻く小さな世界の中で、
持ち合わせる独自の価値観と正義感が、控えめだがキラリと光る。
不法労働者の中国人の女が大事に抱える赤ん坊や、
子供たちが顔中をベタベタにして行儀悪くアイスクリームを頬張る姿、
そんな、儚く小さなものを胸にしまって
ウスバルは強い風の吹く街を歩くのだ。

黒澤明の『生きる』をオマージュしているらしいのだが、それを観た後に知った。
舞台も設定も時代も、ストーリー自体も違うけれど、
そうか、あのガン宣告を受けた市役所の主人公の、
カッコ良く「覚悟」とも言い切れない、とは言え全てを諦め切れない、
何だかもやもやしたあの感じか。

黒澤明の作品が、何十年も経って、遠くメキシコで生まれたこの監督の、
この力強い怪作を生み出す理由のひとつになったのであれば、
映画って本当に面白い。

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『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』
監督:田中 誠
脚本:岩崎夏海、田中 誠

略して「もしドラ」と呼ばれた、大ベストセラー小説の映画化。
AKB48前田敦子主演。AKB48主題歌。
きっと誰もが油断するでしょう。
わたしも油断してた。
ところが、これがなかなか面白かったのです。
この『もしドラ』と同日に公開し、ちょっとだけ『もしドラ』より成績がいいらしい
見どころなんてひとつもない『パラダイス・キス』なんかに比べたら、
善戦善戦!!

少しだけ自分の話になりますが、
わたしは高校時代、学校で最も伝統があり、とても厳しい部活の選手で、
目の前の練習、試合をこなすことで精一杯だった。
だから、「部」自体の在りようを見直す、なんてことは夢にも思わなかったし、
監督も顧問も厳しくて、個人の考えを意見するなんて、考えたこともなかった。

この『もしドラ』に出てくる野球部は、典型的なダメダメ部。
目的が、「無理のない範囲で楽しく野球をやって、高校生活の思い出を作る」
なんてぬる~いものだから、
練習に参加しないで試合に出られるピッチャーがいたり、
凡フライも取れない外野手がいたり、
監督が気弱で部員に意見を言えなかったりする。
そんな弱小野球部に、今まで何の関係もなかったひとりの女の子が
マネージャーとして入部し、野球部を斬新な視線で立て直し、
真面目に甲子園を目指す、という物語だ。

幼い頃野球が大好きで、男の子に混じってチームにも入っていたみなみ(前田敦子)。
病気で入院中の親友の代わりに、
野球部のマネージャーになることを決意。
クラブ活動のマネージャーの指南書と間違え
何故か手にした経営学者ピーター・F・ドラッカーの著書「マネジメント」を頼りに、
持ち前の気の強さと行動力で
監督や部員にもどんどん意見をし、野球部を生まれ変わらせる。

前半は物語や演出方法に「??」が続いたが、
中盤からはとても乗れた。
高校野球の専門的な知識を持たないみなみは、
練習方法に口を出したり、
部員の人心掌握術を披露したりするのではなく、
野球部をまったくの利益追求組織として捉え、
自分の分からないことは専門家(部員、監督、現マネージャー)たちに任せ、
彼女はもっと大きな枠の外側から
組織(=野球部)をマネジメントしていくのだ。

特に面白かったのは、
イノベーションと称して、
古く排除すべきものを見直し、
外部を巻き込むことで、野球部に変革をもたらすこと。

“犠牲バント”と
“ボール球を打たせて取る投球術”。
試合に勝つためには当たり前と思っていた、試合運びのテクニック。
そんな基本中の基本の戦術を、
組織の成長を邪魔する古いものとして排除しようとするなんて、おおいに新鮮だった。
そして野球部の外部、つまり陸上部や吹奏楽部を巻き込んで、
練習方法や試合での盛上げを工夫するためのコラボレーションは面白く、
きちんと後半の話の盛り上げにひと役買っていた。

ホンジャマカ石塚と青木さやかの大人の事情キャスティングにはいささか閉口し、
芝居がダメな子は最初から最後までダメなのだけれど、
池松壮亮が重要な役で出ているので満足。
全編をとおして、彼の芝居の上手さだけでなく
表情も含めた身体の伸びやかさ(きっと運動神経がいいのだろう)が堪能できる。
名実共に大きな役者になると
ひそかに確信している俳優です。

わたしもドラッカーの著書を読んで、
自分の仕事を外側から見直してみようかな?
と、
とても新鮮な気持ちになれました。

『ブラック・スワン』
監督:ダーレン・アロノフスキー
脚本:マーク・ヘイマン 、アンドレス・ハインツ 、ジョン・マクラフリン

(細かいネタバレあり)

私の大好きな、
『π:パイ』、『レスラー』
の、ダーレン・アロノフスキー監督作品。
主演のナタリー・ポートマンが、
二コール・キッドマンやアネット・ベニングら大女優たちを抑え、
第83回アカデミー賞で主演女優賞を獲得した作品。

いやあ、ホラーだった・・・
こんなにホラー映画だったとは思わなかった。
この監督、ホント天才!そして変態!!(いい意味で)

努力派のバレリーナ、ニーナ(ナタリー・ポートマン)は、
実力で「白鳥の湖」の主演を勝ち取るが、
主演を演じるプレッシャーや、演出家に認められたいという気持ちから、
徐々に精神のバランスを壊していく。
演出家トマス(ヴァンサン・カッセル)の、まわりにいたら絶対近寄りたくない、
何とも意地悪で、エロくて、天才肌のキャラクター。
真面目で優等生で母の言うとおりに人生を歩んできたニーナは、
今まで一度も出会ったことのないタイプのトマスに逆らえず組み敷かれ、
奔放で力もある新人リリー(ミラ・クニス)の登場や、
母親(バーバラ・ハーシー)のやり過ぎな干渉に悩み、我を失う。

まず、ナタリー・ポートマンのバレリーナ役の役作り、身体作りに
しょっぱなから度肝を抜かれる。
演出、撮影技術を加味したとしても、
踊りの上手さ、筋肉の付き方どれを取っても、バレリーナにしか見えないのだ。

バレエに賭けたニーナの人生。
ところが天才たちと過ごすうちに、
天才ではない自分を嫌になるほど内省させられ、
努力などではとうてい叶わない「官能性」を求められる。
しかし、壊れていった結果、
天才ではない彼女が凡人に一度だけ許される
「完璧」
を体現するのだ。
自分の命と引き換えに。

特筆すべきは、ウィノナ・ライダー演じる、落ちた先輩プリマドンナの汚れ役。
彼女の映画でのラストは、涙なくしては見られないほど、ホラー女優しちゃってます。

この映画の成功は、明らかに宣伝の勝利ですな。
バレエとアカデミー賞を前面に押し出し、
渋谷ル・シネマで上映してもおかしくないような品と格のある作品に見せた。
まさか、指のささくれをめくっていたらそのまま指の皮がずる剥けちゃったり、
お酒飲んでクスリ飲んだ女子同士のベッドシーンがあったり、
ママの手首をドアで思い切り挟んで潰しちゃったりする映画とは
夢にも思いませんからね。

そのせいか、まわりで観ていたオバチャンたちの評判悪さと言ったら。
「心臓に悪いわ・・・」
「フケツ!」
・・・
この映画のホラー的要素、エロ的要素だけを取り出して、
映画全体を拒否してしまっては、もったいないと思いますけど・・・
「完璧を見たわ」
最後にそうつぶやく、それこそ恍惚のナタリーの鳥肌モノの表情を、見逃したのかしら?
・・・ま、仕方ないか。
確かに母には勧められない。

私は、
『ブラック・スワン』、面白かった!
って言えるようなオバチャンになりたいと思っていますけどね。

『わたしを離さないで』
監督:マーク・ロマネク
脚本:アレックス・ガーランド

(ネタバレあり)
イギリスに帰化した長崎出身の作家、
カズオ・イシグロの小説が原作であることでも話題となった映画。

なんと言えばいいのだろう、企画者としては
「この手があったか!」
と膝を打つ思い。物語の特異性が勝利した、とても興味深い映画だった。
こんな不思議な映画観たことない。面白かった。

医学の爆発的進歩により平均寿命が100歳を超えた世界。
それはSFに違いないのだが、舞台を近未来に置かず1970年代から90年代の話にしてしまっていることで、
画や美術にリアリティを追求する必要をなくしてしまっている。
これは上手い手だなあ。

最初の5分で物語の設定を観客に納得させることができれば、
映画は2時間最後まで引っ張れることを堂々と証明している。

厳粛な寄宿舎で多くの友人たちと少年少女時代を送る
キャシー、トミー、ルースの3人。
しかしその寄宿舎で過ごす子供たちには、ある運命が科せられている。
医学の爆発的進歩とは、生体間臓器移植技術のことなのだ。
この物語の社会では、人間は自分のクローンを持ち、将来自分の身体に何かあった時に
内臓や目玉にいたるまでそのクローンのものを利用し、生き延びることができる。

前半は、幼い友人3人の恋物語が展開される。
聡明なキャシー(キャリー・マリガン)と、
苛められっ子のトミー(アンドリュー・ガーフィールド)。
幼いながら好意を寄せ合う二人だったが、
積極的なルース(キーラ・ナイトレイ)にトミーを奪われるという三角関係だ。

幼い恋は彼らが18歳になるまで続くが、
ルースが「ひとりぼっちになりたくなかった」と無理矢理二人を引き裂いたことを告白することで、
キャシーとトミーはいちから恋をやり直す。

しかしこれらは、登場人物たちが自分で生きられる時間を知っているという設定の中で展開される物語なのだ。
彼らクローンたちにも気持ちはあり、魂がある。
本当に愛し合うキャシーとトミーのふたりは、
たった数年の“猶予”を貰うために、ある行動に出る。
命が続く限り生きる自由ではなく、数年の延命の許可を得るためだけにだ。
未来が閉ざされていることを知り、
運命として受け入れている様子が、一瞬奇異に映るが、
人間を人間たらしめるのは教育であるということを、
逆説的に感じることができる。
そして、誰しもいつかは死ぬのであれば、その人生の役割を最初から理解し、
まっとうし切ることは有意義だということを、
彼らが若くして臓器を提供するだけの人生を、自らを納得させるための死生観として語られる。

「移植を受ける側」の理論や、世論や、社会倫理などをこねくりまわさず、
淡々と「ある物語」として観客を惹きつける。
結果それが、無言の主張となって、わたしたちに生きる意味や意義を考えさせる。

映像で直接表現していない言外のことを、観客に想像し、考えさせるという、
本来映画のあるべき姿を、
まったく新しい形で見せられた気持ちがした。

『ジュリエットからの手紙』
監督:ゲイリー・ウィニック
脚本:ホセ・リヴェーラ、ティム・サリヴァン

タイトルを聞いた時点で、ちょっと固めの古典風映画かと思いきや、
現代を懸命に生きる同年代の女性の苦悩と、
時を超えて紡がれたラブストーリーが上手に絡み合った、
とても観やすく楽しい作品だった。

主人公のソフィー(アマンダ・セイフライド)は、ニューヨーカー誌で働く調査員。
本当は記者になりたいが、今は記者が書く記事のための下働き的な仕事をしている。
彼女には魅力的な婚約者、ヴィクター(ガエル・ガルシア・ベルナル!)がいて、
ふたりは「結婚前のハネムーン」と称してイタリア・ヴェローナへやって来た。
しかし、近々ニューヨークにレストランを開く予定のヴィクターは、
素敵な旅行先でも、仕事の関係者に会ってばかり、
美味しいワインやチーズを追いかけ、ふたりきりの時間など二の次な様子。

ヴェローナでそんな彼と別の時間を過ごしていたソフィーは、
ふと、「ロミオとジュリエット」のジュリエットの生家とされる、
「ジュリエットの家」に足を踏み入れる。
そこには世界中から沢山の若い女性が訪れ、
彼女たちは壁一面に自分の恋の悩みを綴った手紙を貼り付けていた。
なぜなら、「ジュリエットの秘書」と呼ばれる4人の女性たちが書いた返信をもらえるのだ。
ソフィーは、これを記事にしたいと思い立ち、彼女たちの活動に参加する。
そこで偶然、50年も前に書かれた手紙を見つけ、返信を書いたことがきっかけで、
その手紙を書いた本人、老婦人・クレアに出会う。

基本的にコミカルなラブストーリー仕立てだが、
50年前に失った恋を追い続けるクレアと元恋人の物語は、自然と涙を誘うのだ。
何故、「時を超えた想い」というのはこんなにも人の心を打つんだろう。
50年経っても変わらない、純粋な気持ちを信じたい、という願望を、
誰もが持っているからだろう。
それが例え自分の身の周りには起こり得ないとしても。

立ち返って現代女性の代表、ソフィーの恋愛物語。
きっと、精力的で生活力に溢れた婚約者とこのまま結婚すれば、
幸せな人生を送れるだろう。
ただ、それは50年後に正解だったと実感できるかどうかは分からない。
正解が、いま分からないのであれば、
いま感じている直感を信じるしかない。
「私のように50年も待つなんてこと、決してあってはいけない」
人生の大先輩・クレアのアドバイスが、心に響く。

「出会いは最悪」という、ラブコメの王道、セオリーどおりに出会うクレアの孫、
チャーリー(クリストファー・イーガン)。
しかしクレアの恋を見守り、お互いの境遇を知るうちに、気持ちをかよわせるふたり。

ガエル・ガルシア・ベルナルが相変わらず色っぽくて精力的で優しいから、
最初は意地悪でロマンティックのかけらもないチャーリーなんて
観客の眼中にない(ですよね?)のだけれど、
思い直してみれば、だいたいお祖母さんの“初恋さがし“のイタリア旅行に
付き添ってあげる20代男子、という時点で、
彼がどんな人間か想像してあげなくてはいけなかったのだ。
よく見てみればハンサム、よく話を聞いてみれば気持ちの優しい、ブロンド英国男子に、
ソフィも観客も、段々と気持ちを溶かされて行く。

とても観やすく、わたしたちの大好きなラブストーリーがたくさん詰まった、
素敵な映画でした。



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